何気なく本屋でこんな本を手にとって買ってしまいました。
「旅と鉄道」
今回はいつもと毛色の違うお話です
移動手段で車などに乗れなかった10代(中学生、高校生)の頃、よく列車で旅に出ていました。
中学生、高校生なのでお金もなくなるべく安い列車で移動しました。
特に夜行列車の雰囲気が好きでよく乗っていました。
その中で思い出深いものを書いてみたいと思います。
【東京発大垣行き普通夜行列車】
その頃の定番と言えば東京を23:30頃に発車する大垣行きの鈍行列車。
これは人気があり、座席を確保する為に18:00くらいから東京駅で並んだ覚えがあります。
でも、その待ち時間は旅に出るというワクワク感でまったく長い時間と感じる事はありませんでした。
春休みとか夏休みの頃は激混みで、座れても通路にも人がいっぱいだったのでトイレに行くのにも苦労しました。
椅子も背もたれが直角の椅子なので、あまり寝れた記憶もありません。
でも、安価で移動できる列車だったので、結構利用した覚えがあります。
今は絶対あの椅子で何時間も座っているのは無理だろうねぇ
【特急寝台あさかぜ】
ブルートレインという特急寝台列車にも乗りました。
これは祖父が住んでいた広島から一人で東京へ帰る時に乗ったと思います。
この時は祖父宅は広島の田舎なのに、わざわざ広島駅まで送ってくれて、弁当とかいろいろと持たせてくれたのを覚えています。
初めてのブルートレインでしたが、ワクワク感よりも、祖父の姿がいつまでも目に残り、それに感動して広島を出発してからしばらく涙が止まらなかったです。
今でもその光景を思い出します。
【急行津軽】
これは確か青森から東京へ帰る時に乗ったと思います。古い客車列車で電気機関車が引っ張っていた時代です。おりしも大きな台風が東北地方に迫っており、運休になるかと思われたのですが、なんとか青森駅を発車しました。
しかし、山形あたりでノロノロになり、ついに動かなくなりました。
普通だったらイライラするのですが、寝台で長時間寝れたりして全然苦痛に感じませんでした。
結局、7時間遅れくらいで上野の到着しました。
【寝台鈍行山陰】
その昔、今では考えられないような列車がありました。
それは鈍行でありながら寝台車が付いた列車です。
京都を出て出雲市へ向かう列車でした。
これは、中学2年か3年くらいの頃に広島の祖父宅へ小学生の妹と2人で行った時に乗りました。
京都に行くまでも全て鈍行で行った覚えがあります。
妹がいたので途中の乗り継ぎなどで神経を使い、やっと京都に到着し京都からこの寝台列車に乗ったのですが、茶色やくすんだ青の車両でなんとも重厚で雰囲気のある列車でした。
鈍行でずっと来たのと神経を使ったおかげでゆっくり寝れて、朝一度起きてボンヤリ外を眺めて次の木次線乗り換え駅である宍道を目指していたのですが、不覚にも2人して二度寝したようで寝過してしまい、気付いた時は宍道駅を出発した直後でした。
木次線はローカル線なので接続を逃すと次がなかなか来ません。
乗り継ぎができなかったショックと初めて来た土地と妹がいた事ですっかり気が動転した私はとりあえず、次の駅である荘原で降りました。
そこの駅員さんに寝過してしまった事を伝えると、経路から外れた部分の運賃も取らず、次の乗り継ぎプランなどを考えてくれたりして凄く優しくして頂きました。
最後はお菓子とか頂き、見送りを受けた覚えがあります。
無事、木次線を目的だった列車の後に走る急行に乗って、途中で目的の列車に乗り換えて祖父宅へ到着しました。
まだまだ、いろいろな夜行列車に乗りました。
改めて最初に出てきた本を見ると、今は夜行列車のほとんどが廃止になってしまった状況にビックリしました。
夜行列車ってなんか「旅」って感じで好きだったのに残念ですね。ほんと昔は旅って感じの列車はいっぱいあったなぁ
でも、久々に列車で旅もしてみたいなぁ
適当な町で下車して、駅前旅館に素泊まりで泊まって、晩飯は地元の飲み屋!
なんかいいねぇ~、そういう旅も

これからはカブで旅だな
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